<2010/04/30 毎日新聞より>
5月18日、国民投票法が施行され、改憲への手続きが条件的に整う。「改憲か、護憲か」。そう現実に問われたとき、民意はどこへ向かうのか。日米安保改定50年の今年、米国の憲法と比較しながら日本国憲法について語っている詩人に会いに行った。【井田純】
「平和憲法、確かにその通りだけど、そう呼ぶとどこか消極的な印象も受ける。日本国憲法はむしろ、ホネのある、今の現実の中で力を発揮する強い憲法、今の世界で本来の役割を果たす憲法だと思うんだよね」
日本国憲法9条をたたえる言葉がよどみなく、弾むように、流れるように飛び出してくる。東海道線の座席に並んで、米国から移り住んで20年の日本語詩人、アーサー・ビナードさん(42)の話を聞いた。01年に詩集「釣り上げては」で中原中也賞受賞。05年に講談社エッセイ賞を受けた「日本語ぽこりぽこり」では多くのファンを獲得し、テレビ、ラジオでも人気者だ。さらに、「護憲」を訴えて各地を飛び回る顔を持つ。
日本国憲法との「出会い」は、1990年の来日から間もない、湾岸戦争をめぐる議論を通じてだった。米国中心の多国籍軍がイラクを攻撃、日本では自衛隊の海外派遣問題が浮上した。「国会でも、テレビでも新聞でも、憲法違反かどうかの議論が起きた。しかも、憲法が歯止めになって派遣できなかった。この国の憲法は生きてるんだって驚いた。なにせ母国では考えられないことだから」
ビナードさんは、母国の合衆国憲法を「ミイラ」にたとえる。宣戦布告の権限を大統領でなく連邦議会に与えるなど、戦争への「歯止め」を盛り込んだ建国当時の精神が失われ、「血を抜かれてカサカサになってしまった」からだ。
ミイラ化の始まりが47年の国家安全保障法の成立。同法の下で、「戦争」を「国防」に、「戦闘」を「警察行動」や「平和維持」に言い換えるレトリックが用いられた。そして米国は、第二次大戦の対日、対ドイツなどを最後に、一度も議会による宣戦布告をせずに大小200回以上の戦争をしてきた。「まさに憲法違反の渦、そんな国で僕は育った。憲法に照らしてどうかなんてマスコミも言わない。あまり現実と関係ない、というのが一般的な米国民の憲法に対する認識。だから日本に来て『すげえ憲法があるんだ!』って」
だが、改憲派の間には「米国に押しつけられた憲法」といういい方もある。「合衆国憲法と日本国憲法をよく読むと、似ているところがたくさんある。ジェファーソンやアダムズ、ワシントンら米国建国の父は、あの世からミイラ化した憲法を見て嘆いているでしょう。で、日本国憲法をみて『こういうふうにすればよかった』って思ってるはず」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
憲法をめぐる日本の世論は揺れ動いている。湾岸戦争やイラク戦争など中東情勢と自衛隊の海外派遣問題や、北朝鮮による拉致、核、ミサイルなどの安全保障をめぐる問題が浮上するたび、改憲論が勢いを増す傾向が顕著だ。各種世論調査では、改憲機運は小泉純一郎政権下の04年ごろにピークとなり、その後次第に後退。最近の各紙の世論調査では、「護憲」と「改憲」はほぼ拮抗(きっこう)している。
04年発足の「九条の会」事務局長、小森陽一・東京大大学院教授(56)は、22日の会見で「調査に表れる世論は極めて流動的なものだ。90年代以降、東アジアにおける日米の仮想敵の役割を北朝鮮に担わせる形でさまざまな報道、改憲への世論形成が行われてきた。これを草の根の運動が押し返してきたが、今、せめぎ合いの段階にある」と述べた。
会は、呼びかけ人の一人で作家の井上ひさしさんを9日に失った。戦争体験者は年々少なくなる。日本国憲法の改正手続に関する法律(国民投票法)の施行を前に、「今の政権に国民投票法を発動させないような運動を展開していく」と訴えている。
一方、40年にわたって改憲運動を続ける「新しい憲法をつくる国民会議」。会長代行の清原淳平さん(78)は「一国平和主義じゃ国際社会が相手にしてくれない。憲法9条なんて、独立国の憲法とは言えないよ」と熱弁をふるう。国会近くの、鳩山由紀夫首相の個人事務所もあるビルの一室。壁には初代会長、岸信介元首相の写真が掲げてある。
「われわれの会の内部からも、昨年の政権交代で改憲の機会は遠のいた、当分見込みはないなんて悲観的な声が出てくるようになった。だけど『鳩山首相だって改憲論者だよ』と言うとびっくりする人もいるんだ」。そう、首相は、憲法の条文と政治的現実が乖離(かいり)していると主張する、根っからの改憲論者である。
「護憲を掲げる社民党との連立政権が続く間は、現実的には難しいだろう。しかし普天間問題を見てごらん。5月末が来ても決着できない、となると米国がそっぽを向く。核に取り囲まれた日本の安全保障をどうする、という声が出て、改憲を求める数字は上がってくる」
◆
その普天間問題。24日、神奈川県茅ケ崎市であった講演会で、ビナードさんは聴衆にこう語りかけた。「日本のメディアでは米国が『失望』したり『いらだってる』という。でも米国での報道にはオキナワもフテンマもほとんど出てこない。米国にいる母や叔父、叔母、多くの友人たちも、この問題について何も知らない。メディアのいう米国って、ゲーツ国防長官を含む、多く見積もっても500人ぐらいのことです」。会場は大きな笑いに包まれていく。
「米国民は、世界数十カ国に存在する米軍基地を減らす必要があると気付いている。国防総省がむさぼり食った予算の残りカス、落としたかけらで、米国の福祉や教育が行われているんだから。普天間の現状についての情報さえ与えれば、米国の世論を味方に付けることは可能だと思うんです。そうすれば普天間飛行場は返ってくる」
一方で、ビナードさんはこうも指摘する。「昨年の海賊対処法のように、日本でも憲法を『ミイラ化』しようという動きは既に出ている。憲法を守る運動は大切だけど、それだけで平和は築けない。日本に暮らす僕たちが、生活者の視点で『ミイラ化』を阻止しなければ」
引用元URL⇒http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100430dde012040013000c.html
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